
先日琵琶を触らせて頂ける機会に恵まれました。
凄くうれしかった!
色々聞いてきたことを自分用に覚書。
箇条書きになりますごめんなさい。
琵琶は職業にはしないものである。
琵琶に宗派?は存在しない。(お茶で言う表千家裏千家のような)
歌詞も、歌も、すべて自分で作るものであって、伝えられてきたものはない。
琵琶の形は室町のころに確立され、当時から形が変わっていない。
日本に伝わったのは飛鳥奈良時代だそうです。
シルクロードから伝わった楽器で、もとは三日月氏、という一族が伝えたらしい。
彼らはシルクロードに端を持つのであろうといわれており、琵琶にはそれを示すように三日月の模様がある。
(三日月の飾りはもともと象牙。近年象牙の輸入が禁止され、平成元年に作られた琵琶は純銀でその代りとしていた)
琵琶には桑の木がよい。
それも、八丈島のものが最も良い。
風雨にさらされ、潮風にさらされ、成長するために長い時間をかけるからである。
内地の桑ではそうはいかない。すっと成長してしまい、音が悪い。
桑以外にも、桜などで作ることもある。
切りだした木は10年ほど乾かし、それから加工するため、バイオリンのように使用に従って木がより乾き音がよくなる、といったことは感じられないらしい。
1つの琵琶を切りだすのに10カ月ほど(たしか。うろおぼえ)かかるが、作り上げてみて音が悪ければ割ってしまうそうだ。出来上がった琵琶は、白木のような色をしており、それが徐々に飴色に色づいていく。
琵琶は、奏者の手元に届くと、奏者によって一体づつ名を与えられる。
私が友人とともに聞かせてもらった琵琶には、ほら、と裏を返したら『初音』と名前が書いてあった。
平成元年に作ったものだから、初音らしい。
ボカロ友達と言ったので、当然お互いに思わず相手の様子をうかがいつつ、スルーしたのは言うまでもないが、何というめぐりあわせかと笑ってしまった。初音ちゃん、ありがとう。
歌詞はすべて、奏者が作るわけだが、5・7・5で組む以外に約束事はないらしい。
もっと言ってしまえば、おそらく、それさえも必要がないように思えた。
師事することもなく、師匠と弟子という関係も成立しないそうだ。
間口を広く持ち、誰もが入りやすいという意味で素晴らしいシステムだとは思ったが、
口伝などにより昔の音が残っていないことは、少しもったいないなと思った。
私たちが初音によって聞かせてもらったのは「敦盛」であった。
琵琶は楽器として、音楽を奏でるのではなく、物語を語る声に合わせて伴奏、効果音などをつけるものであると感じた。
シルクロードの彼方では、音楽を奏でるものであったらしいが、日本ではそのように変化した。
風の前の塵に同じ、と結んだ言葉に合わせて、まるで塵が風に浚われていくような音を演出していたのが印象的であった。
バチは、柘植である。
その方も祖父から父、自分へと伝わったと言って見せてくださった柘植のバチは、飴色になっており、端は弦がかかりやすいよう削られていた。
やわらかくしなる様子は粘りのある樹脂のようだった。
椿油などで手入れをするのですかとお伺いしたら、何も手入れはしないのだという。
三代にわたる手脂だけで、あのように艶としなりを持つのだろう。
弦は絹糸である。
声に合わせて音を調節する。
(これも室町のころより変わらないそうだ)
やり方のセオリーは何もない。
好きにしなさいと言われた。
琵琶を後世に伝える方法として、一体一体蒔絵を施しているのだとおっしゃられた。
1体の蒔絵を頼み、出来上がってきたら次の一体を頼む、という方法で蒔絵を施しているのだという。
納期はない。柄の指定もない。金額も聞かない。そうでなくては、してもらえないのだよとおっしゃっていた。さもありなん。
高蒔絵のすばらしいものだった。(高蒔絵は、盛り上がって立体的に蒔絵を施す方法である)
琵琶は奏者の手によって名前をつけられる。
その名前だけを告げて絵を頼む。
すると蒔絵をする方が、その名前で絵を描く。
見せて頂いたものは、「残波(ざんば)」は波間を行く二羽の鶴。
「春雨(しゅんう)」は梅に鶯。
「高宮(たかみや)」は松に富士。富士の雪はウズラの卵の殻を用いていた。この蒔絵師さんは天皇家にも蒔絵を納められていた方で、かつて天皇家に収めたものと同じ図柄を残させてほしいとのことで、この図柄を高宮に残されたそうだ。
いつか初音にも絵が載るのだろうか。どんな絵が載るだろうか。
